2014年2月7日金曜日

漫画版ニンジャスレイヤー「ラスト・ガール・スタンディング」#1 前半レビュー

 サイバーパンクニンジャ活劇、ニンジャスレイヤー。アクメツ ・真マジンガーZERO の余湖裕輝・田畑由秋コンビが連載中のコミカライズが@njslyr_ukiyoeアカウントにて放送され、またもやファン・コミュニティを沸かせました。今回のエピソードは「ラスト・ガール・スタンディング」です。
 ラスト・ガール・スタンディングは忍殺の中でも屈指の人気エピソードで、第一回エピソード人気投票で二位に大差を付けての一位になるほどです。コミカライズでこれ程早く切り札を切ってしまう辺り、連載誌のコンプティーク・コンプエースにて確固とした位置の確立へに向けての余湖・田畑両先生の本気が伺えますね。
 当然、漫画に盛り込まれた工夫にもその本気は表れています。二つのポイントに分けて見て行きましょう。
 Togetterと合わせてお読みください。

簡潔さ


 「その男子生徒は遺書を書かなかった」「見せる相手がいないからだ」──素晴らしい文章です。このたった2文で読者は彼が自殺に追い込まれている事、にも拘わらず頼れる人が誰もいない天涯孤独の身である事、というバックストーリーをありありと思い浮かべ、悟る事ができるのです。原文の魅力を抽出するのにこれ以上の事はできないでしょう。
その日のキョートの空は雲ひとつない快晴で、たいへんな暑さであった。四方に配置されたクロームのシャチホコ・スタテューが鈍く日光を反射する。校舎屋上に立つと、バイオセミの鳴き声が不快な湿気を伴ってまとわりつくようだった。ショーゴーは遺書は書かなかった。見せる相手がいないからだ。
posted at 14:21:39
これだけのシンプルな文章にどれだけ深遠な意味が込められていることでしょうか? ツイッターの140文字制限は5・7・5の形式で縛られた俳句に通ずるものがある、と半ば冗談めかして語られることは時々ありますが、ニンジャスレイヤーに限ってはあながち冗談でもないのかもしれません。

 3ページ目を見てみましょう。
 ここで気づいた方がいらっしゃるかもしれません、。原文には「バイオセミの鳴き声」とあるのにも拘わらず、漫画版ではここまでの3ページに擬音が一切描かれていません。
以前の話においても、余湖・田畑両先生は特徴的な描き文字を数多く挿入しています。これはどうした事でしょう? もちろん意味があるのでしょう。原文では次のようになっています。

淡々とフェンスを乗り越えたショーゴーは、容易く下へとダイブした。落下は瞑想めいた時間であった。死角から落下地点へ、ゴミ箱を抱えた一人の女子生徒が歩き出てきた瞬間までは。「危ない!」と叫ぶ間などありはしなかった。さらに恐ろしい事に、激突しても意識は途絶えなかった。
posted at 14:30:29
「落下は瞑想めいた時間」。映画的なスローモーションが目に浮かぶようではありませんか? こうした「間」を表現するのに余計な要素を加えてはかえって邪魔です。そこで余湖・田畑両先生は擬音をあえて描かない事で原文の静けさ、静謐さといったものを演出したのではないか? と私は推測しています。加えるだけではなく、削ることでも豊かな表現を盛り込める。プレゼンにおいて簡潔さの重要さを説くために禅の精神が引き合いに出される事は多々ありますが、シンプリスティックな態度はマンガ表現においても通用することは分かります。

対比


 余湖・田畑両先生の構成力を証明しているのは簡潔さだけではありません。例えば4ページ目。
 ここにネオサイタマの情景を挿入することで、冒頭の「雲ひとつない快晴のキョートの空」との対比を作っています。

 そして今回新要素として登場するのは、人気キャラクターの「アサリ」「ヤモト・コキ」。
今迄の余湖・田畑両先生の担当エピソードでは、ヤクザとニンジャ組織の抗争、カチグミから死への転落といった、男臭さや無常が感じられるものが中心でした。こういった殺伐とした展開に慣れていた方は、今回美少女の登場に違和感を覚えるかもしれません。しかしそれは周到に計算されたものなのです。原作者へのインタビューを見てみましょう。

---「ありがとうございました。次は作品の根底に流れる思想や、お二人なりのニンジャ世界観について質問させてください。まずは、カワイイについてです。そこのショドーにも書いてありますね。何故ニンジャスレイヤーの作品中にはカワイイの要素が含まれるのでしょう?一見、違和感があるのですが」
posted at 18:55:25モーゼズ「答えは単純。リアルな日本を描こうとするならば、カワイイの要素は外せない。カワイイを排除したハードボイルド・サイバーパンクを作っても、上辺だけのフェイクになるだろう。僕も最初はカワイイには否定的だったが、ボンドからカワイイの語源はカワイソウだと聞いて、考えを改めたんだ」
posted at 19:20:40
この通り、原作者のボンド・モーゼズ両氏は日本を描く上での必須要素として意識的に「カワイイ」を取り入れているのです。忍殺の魅力はこの貪欲さと多芸さにもあると言えるでしょう。

 ところで、7ページ目にてアサリとヤモトは「ユウジョウ!」との間違った日本観に基づく挨拶を交わしますが、前回連載のエピソード「キルゾーン・スモトリ」にも同じキーワードが登場したのを覚えていますか?
 二人のカチグミ・サラリマンのユウジョウはいつ互いを裏切るとも知れぬ薄っぺらなもので、数多の人間の運命を掌に載せる資本主義を象徴するかのようなニンジャの登場によって無残に引き裂かれる結果に終わってしまいました。それと対比して純粋ともいえるヤモト・アサリのユウジョウは、原作でも繰り返し前面に出てくるテーマでもあります。

 他にも30人のヤンクを相手にし一歩も引かないショーゴーのワイルドさ、サイバーサングラスのテクノと純朴さを両立したヒメコの可愛らしさなど、濃密な27ページの中に見どころは山ほどあります。しかし今回はひとまずこの辺りで筆を置き、残りは是非ご自身の目で見ていただきたいと思います。

 ニコニコ動画にも手書き動画がアップされています。

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 ラスト・ガール・スタンディングの原作小説、日本語訳版が収録された書籍版はこちら。コミカライズに先駆けて一足早く展開を追いたい方に。
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 余湖・田畑コンビによるコミカライズ単行本、マシン・オブ・ヴェンジェンスはこちら。

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