2014年2月4日火曜日

ポール・アンダースン「タウ・ゼロ」レビュー:光の速さで運行する宇宙船が止まれなくなったらどうなるの?

 クーンツの読書マラソン、47作目はポール・アンダースン「タウ・ゼロ」 です。

  兎から人間に至るまで地球上の全生物の知能が向上してパニックを起こし、崩壊する文明を描く長編デビュー作「脳波
 宇宙人の核と光線銃相手に中世英国騎士の剣と弓が無双する、爆笑必至のコミックSF「天翔ける十字軍
 など、名作揃いで評判のポール・アンダースン。デビューから20年で出版されたタウ・ゼロはそんな彼の作品の中でも最高作と誉れ高い一作です。実際1971年のヒューゴー賞にノミネート、日本でも星雲賞海外長編部門を受賞しています。日本語訳が1992年に出版されてから現在に至るまで版を重ねていますが、それも納得の大作です。

 舞台は核戦争後の地球。スウェーデンを中心にして文明を再生した人類は、32光年先のおとめ座ベータ星第三惑星に人間の住める星があるのではないかとの報告を無人探査機から受け取ります。そこで科学者たち50人を載せ、植民を見据えた有人探査船を送り込むことに。ところが船内時間3年目にしてトラブルが発生。突如発生した小星雲に衝突して減速機構が破壊され、加速しかできなくなってしまうのです。運良く人的被害は免れましたが、これでは着陸はできません。
 このまま50年経過で船内環境維持システムのタイムリミットを迎えてしまうのか? それとも再び衝突して今度こそ引きちぎられてしてしまうのか? 緩慢な死か即死か、いずれにしても八方塞がりの状況に放り込まれます。
 問題はそれにとどまらず、次々とエスカレートしていきます。減速システムを修復するためには、船外に出ても安全なほどに物質の密度が薄い箇所を見つけなければならず、それまでは星間ガスの密度の濃い領域に突っ込んでさらに加速しなければならないのです。ここで問題になるのはおなじみのウラシマ効果。「光速に近づけば近づくほど物体の過ごす時間が短くなる」というのがそれですが、時間の延長には際限がありません。物体が光の速さになることはありませんが、「光速にどれだけ近づいているか」の度合いには限りがないからです。生き残るために加速を続ければ、わずか数週間の間に地球が滅びてしまうのです。船を直さなければ生き残れないが、そのためには残してきた人類と永久に関係を絶たなければならない、というジレンマに彼らは直面することになります。

 これだけでも深刻な事件に巻き込まれていますが、アイデアがこれだけならこの小説が今日まで読まれることはなかったでしょう。SFに盛り込まれる科学理論は古くなってしまうからです。実際のところ、21世紀のいま主流の理論と矛盾する箇所は珍しくありません。では、なぜ「タウ・ゼロ」は現代でも時代遅れにならずに済んでいるのでしょうか?
 そう、主人公たちが立ち向かう試練は機器のトラブルと宇宙空間だけではないのです。船員は植民先の惑星で子孫を作ることを期待されているため、50人の男女がちょうど一対一の割合で宇宙船に乗り込んでいます。その大部分は整備士・エンジニア・天才科学者で、いずれも癖のある人物ばかり。
 酒癖の悪いアメリカ人、天才だが野暮ったく気難しいスウェーデン人天文学者、熟練しているが極限状況に立ち向かうにはやや年老いすぎている船長……心理テストには 合格していますが、もちろんこんな事態までは想定していません。
 浮気から来る男女関係の縺れ、問題打開へのキー・パーソンの発病、無重力空間での妊娠まで、想定されうるあらゆる問題と闘うことになるのです。しかも船内には、二度と地球に帰れなく、いつ死ぬとも知れないゆえの絶望感が常に蔓延しています。自殺や暴動寸前に行くことも珍しくありません。
 まさに内憂外患です。
 この絶望に不屈の精神で立ち向かうのは主人公のチャールズ・レイモント。孤児から戦闘のプロへと這い上がり、不測の事態に対応する護衛官として乗り込んだ彼は、プロ意識の高さから同乗のインテリ達と衝突することも珍しくありません。しかしそんな自身の気質さえも計算にいれ、貧民街で知り尽くした人間関係の裏を縫ってスパイや懐柔役を巧みに配置。ある時は憎まれ役を買ってでて、ある時は脅し、ある時は演説で奮い立たせつつながら一癖も二癖もある登場人物たちをコントロールしていきます。
 彼を通して描かれるのは極限状況でさらけ出される人間の醜さとその克服、人間関係の崩壊と再生。それは全宇宙の終焉と再創造を象徴しているかのよう。いつの時代も古びることのない普遍的な人間ドラマがプロットを屋台骨を支えているのです。

 見事なのはプロットだけではありません。読んでみると文章の太さに感嘆します。 1947年のデビューから20年を経て鍛え上げられた筆力のお陰で、読者は複雑な科学理論に押しつぶされずにぐいぐいと勢いで読むことができます。「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」「たったひとつの冴えたやりかた 」でおなじみの浅倉久志氏の訳も原文の魅力を活き活きと浮かび上がらせるのに貢献しています。まさしくベテランとベテランのタッグと言えるでしょう。
 そして永遠の隔絶との闘いの果てに導かれる結末の壮大なこと! SFならではの規模の大きさは私が読んだどの小説でも随一です。スケールに限れば「虎よ、虎よ!」が霞んで見えるほどです。これ以上先はぜひ自分の目で確かめていただきたいですね。
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